あなたは、自分の記憶に自信がありますか?
よくTV番組で芸能人が過去の記憶を頼りに、想いでの地や知人を訪ね、その時のエピソードを確認するという企画があります。
すると、意外と『記憶違い』が発覚し、“大笑い”で締めくくられる。ということも多いのです。
私も、中学生の頃、背が高くて色白だけど、野球部のエースですごくカッコいい先輩Sさんに『告白』したことがあります。
恥ずかしくて、その後、まともに顔を見ることもできずに、あえなくthe endでしたが…。青春の甘酸っぱい思い出…。
ところが、最近、分かったことがあります。
私が「野球部のエースSさん」だと記憶していた人は、①野球部にはSというエースは所属しておらず ②Sという人はどちらかと言えば色黒だった。
そもそも、Sさんは実在したのか?と疑いたくなる情報でした。
「私が告白したSさんっていったい誰だったんだろう?」今でも謎のままです。(笑)
人の記憶って本当に曖昧なものなのです。
これについてはこんな研究結果があります。
【記憶は作り変えられていく:ロフタスとパーマーの自動車事故の研究】
被験者に自動車事故の映像を見せます。
その後で、事故を起こしたときの車のスピードについて質問します。
ある被験者には『車が激突したとき、どのくらいのスピードで走っていましたか』と訊ね、
別の被験者には『車がぶつかったとき、どのくらいのスピードで走っていましたか』と訊ねました。
このとき、『車が激突したとき――』と質問された被験者は、
『車がぶつかったとき――』と質問された人たちよりも、
よりスピードが出ていた、と回答したのです。
一週間後再び同じ被験者を集めて、今度は映像を見せずに事故について質問しました。
『ガラスが割れるのを見ましたか』という質問をしました。
『車がぶつかったとき――』という表現で質問された被験者51名のうち、
『割れるのを見た』と回答したのは7名。
それに対して、『車が激突したとき――』と質問された被験者50名のうち、
『見た』と答えたのは16名いました。
しかし、映像の中では、ガラスは1枚も割れていませんでした。
このように、日々人の記憶は書き替えられていくのです。
この、「記憶は書き替えられる」という性質を使って
「何かうまくいかない」現実を作っている記憶を処置する、
ということがあります。
例えば、パニック障害や〇〇恐怖症の原因、原体験の記憶を
書き替える、ということはよくあります。
ある男性は、パートナーから迫害(DV)を受けているのに、離れられず
尽くしてしまう、ということを繰り返していました。(女性ではなく男性です)
この方の場合は、幼少期の家庭環境、特に母親との関係についての記憶によって
『耐え忍ぶ』『尽くす』『どんなことがあっても面倒をみる』など、
脳内で自己犠牲するプログラムが形成されていました。
この記憶を書き替えることによって、この方は、パートナーとの関係を終了させました。
現在は、新しいご縁に恵まれ、穏やかに過ごされているとのことです。
また、別の方のケースでは「人に話しかけることが困難」で、
コミュニケーション力を上げようと大変な努力を重ねたけれども
なかなか成果が出ず悩んでいました。
お話しを聞くと、その原因となったのが、
大学生の頃に「助教授から言われた言葉と態度」の記憶であることが
わかりました。
そこで、象徴的なシーンを幾つか取り出し、
一つ一つ処理していくと
明らかに、恐怖心が軽くなったとのことです。
*この事例の処置はNLP(神経言語プログラミング)の手法の一つを使っています。
過去の出来事はもうそこには実在していません。あるのはその人の記憶の中だけです。
思い出して嫌になる記憶は、どんどん書き替えて無害化してはどうでしょうか。
一度の人生ですから、自分が思う通りの未来に向かって舵を切っていきたいものですね。